一、



 家族で夕食を食べ終わって、わたしはソファーにごろりと寝転んで
テレビのスイッチを入れた。
お気に入りのトレンディードラマが始まった。
お母さんがキッチンで洗いものをしながら「小学生なのにそんなものみて」
と口うるさい。でも無視して見始めた。
ところが見始めてすぐに猛烈な睡魔が襲ってきた。
まぶたが重い。でもテレビは見たい。眠くて目を閉じて
テレビの見たさに目をあけて、目をシバシバさせていたけれど、
ついに意識が遠くなってきて、ソファーに顔をうずめた・・・・・・。




―――「んあっ!」背中とお尻に変な感触がしてバッっと体を起こした。
寝起きで頭がぼーっとしている。
「ああ、起こしてしまったかい?」と声がした。
首をひねって後ろを見ると、お父さんの顔が目の前にあった。
真っ暗な部屋の中でお父さんは裸だった。お父さんはにやにや笑っていた。
何か夢をみているのかなと思いながら視線を下にずらすと・・・・
わたしの体とお父さんの体がぴたっとくっついていた・・・・・・そして
わたしのお尻とお父さんの股間が・・・・・
それを見てショックで頭に鈍器で殴られたような衝撃がした・・・・・・。
いや・・・いや!・・・・・・いやぁ!なに!?なんなの!?
太い肉の棒がわたしの男の人に見せちゃ
いけないところをぐいくいと押している・・・・・!
――痛い!肉の棒が入ってくる!わたしの中には入っていく!
痛い!嫌!イヤ!いやぁ!――
 股間が裂けそうな痛みがして意識が朦朧としたとき
突然、保険体育の授業の光景がパッと頭に浮かんだ。

 先生が――いいですか。男性のペニスが女性のワギナに
挿入されるとペニスの先から精子が出て――と・・・・・!

 え?これが、それ!?え?だって、この人は、わたしのお父・・・!
「い・・・い」いやー!と叫ぼうとしたけど、わたしの体にくっついている
男の手で口を塞がれて出せない・・・!
わたしはもがいて抵抗したけれどびくともしない・・・・・・!
 夢だ悪い夢だ・・・だってこんなことあるはずない!
こんなことあっちゃいけない・・・・・・!
・・・そう・・・そう!そんなことあるはずないんだ!そう!
わたしは何もされていない!

 ――そのとき、イメージが浮かんだ。
わたしの体は宙に浮いていて、天井から下を見下ろすと、
リビングのソファーの上で女の子がお父・・・怪物に覆い被されていた。
怪物は股間から生えているマツタケのような触手を
女の子の股間に入れてモゾモゾ動かしていた・・・・・。
ああ、テレパシーだ・・・・・・。この子のされて
いることが、わたしにテレパシーで伝わっているんだ・・・・・・。
可愛そうだな・・・・・・。でも、私じゃなくてよかった・・・。
 そう考えながら意識が遠くなっていった・・・・・・――


 気が付いたら朝だった。朝陽が庭から差し込んでいた。
ああ、昨日は変な夢を見てしまった。
・・・あれ、何だかイカのような臭いがする。
それに股間がズキズキする・・・。
―気のせいね。きっと―

 「あ、あんたこんなとこで寝てたの?」と声がした。
振り向くとお姉ちゃんが、頭に寝癖をつけて
眠そうな顔をしてリビングに入ってきた。
「うん、ドラマ見てたらねちゃった。お姉ちゃん見た?」
「私はあんたと違って受験があるから、そんな暇ないの」
 そこにお父さんが入ってきた。
お父さんはドアの近くにいたお姉ちゃんに
「おはよう。学校に遅れないように早めに準備しろよ」と
言って、それからわたしに気づいて目をそらして
「お、おはよう。そこで寝ちゃったのか風邪ひいてないか?」と言った。
何か様子が変・・・・・・一瞬ちらりと厭な考えが
わたしの頭をかすめた・・・・・・。
「(そんなはず無い、あれは夢だったんだから・・・。)」



二、



 その日、教室の自分の席に座ってすぐに由美子が「あのね・・・
悪いんだけど、交換日記から外れてくれない?」と言ってきた。
「なんでよ!なんでそんなこと言うの!」
「だってあんた変なこと書くから「殺しますか?殺しませんか?」
なんて、なんで書くのよ!みんな嫌がってるの!加奈も、ミタも
あんたに外れてほしいって!だいたいあんた最近おかしいよ。
男の子の背中蹴っ飛ばしたり、汚い言葉使ったり。
どうしちゃったの?―いつからだっけ、あんたがこうなったのは
・・・・・・そう、あの頃。バスケットボールやめた頃からじゃない?
そう、あんたが「変な夢みた」って言って、わたしがどんな夢なのか
聞いても絶対に教えてくれなかった、あの日あたりからだよ。
 ねえ、何かあったの?訳があるなら言ってよ。
そしたら、考え直してもいいからさ」

 確かに最近、自分が変なのは自覚している。妙にイライラするし
記憶がときどき飛んだりする。怒りっぽくなったのも自分でわかっている。
でも、由美子は友達だって思ってたのに!交換日記のメンバーは
みんな友達だって思っていたのに!友達だからわたしのどんなところも
受け入れてくれると思っていたから、わたしの好きなバトルロワイヤルの
ネタも話たのに!わたしを仲間はずれにするなんて酷い!
わたしを裏切るなんて赦せない!

「ねえ、どうしたの?」
「もういい!だれがあんたたちなんかと交換日記なんかするか!」
とわたしが怒鳴ると、クラスのみんなの視線がわたしたちに向いた。
その視線にとまどったのか、由美子はどぎまぎした様子でわたしの
席から離れいって自分の席に着いた。


 学校からかえってすぐに、自分の部屋のパソコンの前に座った。
そして交換日記のメンバーだったミタのホームページの
チャットルームにアクセスした。
「ミタ!いる!?」と素早く打った。すると、数分経って
「なによ。またあんた?最近いつもココにきてチャットあらしして。
もう、いいかげんにしてよ」と、返事がきた。
「おたがいさまだろ!自分だって言いたいこと言ってんじゃん!」
「わかんないかなあ。あんたは嫌われてんの。あんたとは
交換日記したくないし、チャットもしたくないの。もう来ないで」
頭に来てタイピングにもキーボードが壊れそうなくらいに力が入った。
「何が「来ないで」だ。偉そうにブスの癖に!」
「ハイハイ、ぶりっ子ちゃん。あんた自分がかわいいつもり?
あんたデブじゃん。ダイエットほんとにしたの?(笑)
それにわたしを本気で怒らせないほうがいいよ。
あんたのヒミツ知ってんだから」
「ヒミツってなによ」
「教えてやんない。ぶりっ子なデブは黙っていればいいの(笑)」
―――わたしは可愛いことだけが誇りなのに
よくも馬鹿にしたな!ようし覚えてろ!―――
わたしはチャットをやめて、前に聞いていたミタのホームページの
パスワードを使って、アクセスカウンターや掲示板のログを
全部初期化してやった。



三、



 わたしはもう限界にまで頭に来ていた。毎日毎日ミタはわたしの
体重のことを馬鹿にする。わたしをぶりっ子呼ばわりする。
今日こそ、謝らせないと気がすまない。脅かしてでも謝らせてやる。
 わたしは机の引き出しの中からタオルとカッターナイフを出して
ポケットに入れた。 ―カッターで脅して駄目なら、
タオルでギブアップするまで首を締めてやる―
 そして、ミタの席に行って給食の乗ったお盆を机の上に置いていたミタに
「ミタ、ちょっと来て」と声をかけて、教室から連れ出した。
 わたしたちは学習ルームに入った。
窓から差し込む日差しがまぶしかった。
「カーテン閉めようか」と言って、窓際に行き一緒にカーテンを引いた。
室内が薄暗くなった。そしてテーブルの側に行きイスを引いて座った。
 「ミタも座ったら」と声をかけた。ミタはわたしの隣にすわった。
「ねえ、ミタ、謝ってよ。わたしの体重のことやぶりっ子って
言って馬鹿にしたこと謝ってよ」と、わたしは優しい声で言った。
だけどミタは「謝るのはあんたでしょ。わたしのホームページ
あらしたくせに」と言ってあやまらない。―――頭に来ていたのに
優しく言ってやったのにそれでも謝らないなんて!―――
 わたしはポケットからカッターナイフを出して「謝ってよ!」と
声のトーンを落として睨みつけて言った。
「ふんっ、脅してるつもり?殺せるもんならころしてみろ。
あんたわたしを脅してただで済むと思ってんの?
あんたのヒミツ、ばらされてもイイわけ?」
「な、なによ。ヒミツって」
ミタはにやにやと笑いながら「あれはいつだったかなぁ。
あんたがバスケットボール部やめた頃だったかな。
わたし塾の帰りにあんたの家に借りていたCD返しに行ったんだよね。
玄関の前に立ってインターホン押そうとしたけど、夜だから
もう寝ていたら悪いと思って庭にまわって、家の中を覗いて見たんだ
・・・そしたら、あんたとあんたのお父さんが、ソファーの上で・・・」

――ああっ!夢じゃ・・・夢じゃなかったんだ――


 わたしは全身から血の気が引くのを感じた・・・あれは夢ではなかった。
しかもそれを同級生に見られてしまったなんて・・・・・・。
胸の中が熱くなった。怒りと不安と悲しみがまぜこぜになった
気持ちになった。

――こんな秘密を知っている人間がいちゃいけない!――


 その時、カッターナイフを握っていた右手に力が入るのを感じた。
わたしにとってカッターナイフはもはやただの脅しの道具ではなくなった。
 わたしはスッと立ち上がって、ミタの背後にまわった。
そして、左手に持ったタオルでミタの両目を覆おうとしたが、
ミタは「何すんのよ」と怒鳴って、タオルを手で払った。
わたしは素手でミタの両目を塞いだ。そしてカッターナイフの刃を
ミタの首に入れた。突き刺す感触と・・・首を切り裂く感触が右手を
伝った・・・・・・ミタの首から血が、ホースの先を指でつまんだ水道の
水のように勢いよくビューと飛び出した。
わたしはもう一度カッターナイフをミタの首に走らせた。
血の量が増してドバドバと出てきた。
そして、三度目、四度目、五度目と切り裂いた。
ナイフの刃が首の骨をこすり始めたので、わたしは手をとめた。
 ピークを過ぎると傷口から出る血の量は減っていった。

――あーあ、やっちゃった・・・――


 ミタの手足はぴくぴく動いてた。けれど、それも動かなくなった。
気が付いたら、足元には血がいっぱい溜まっていた・・・・・・。
わたしの服にも血がついていた・・・・・・。
 学習ルームを出ると、廊下にいた生徒たちが、わたしを見て
悲鳴をあげた。いくつもの悲鳴が廊下に響いていった。
わたしはその悲鳴の響く廊下を通って自分の教室に向かった。


(終)