『Weird section』

 

FILE.1 「樹乱」

 

 

 

T.S

 

 

 世間一般で「『非日常的』とか『非現実的』な光景」と言われているような

状況には、もう慣れてはいるつもりだ。

もう慣れてる筈なんだけど……地下鉄駅の構内に

俺の太腿と同じくらいの太さと、さっきまで俺達が乗っていたばかりの

地下鉄の一車両並の長さをした、得体の知れない物体が

いきなり壁を突き破って出てきたり

列車の窓硝子を割って車内に入ってきたり、しかもそれが

蠢いたりなんかしてるのを見て、少しも驚くなって方が無理だっての!

 

__とにかく、顔を少し上げれば、俯せに倒れ伏した俺の周囲には

その得体の知れない物体と、それに恐慌しているのであろう

地下鉄の乗客達が我先にと乗降用扉に駆け寄って

車外へと逃げだそうとしている様が見える。

俺も早く観月と一緒に、あの長い物体から逃れるべく車外へと出たいのだが

こんな状態で下手に立ち上がりでもしたら

後から来た人と衝突して、また転かされたりして、車外に出るのに

余計に手間取ることになりそうだし……他の人達が逃げ出すまで

このまま待つしかないのかよ………ッ!!__左脹脛に一瞬

潰されるような痛みが走る。誰かが俺の脹脛を踏みつけて行ったな!

さっきから、悲鳴を上げて逃げ出そうとしてる、地下鉄の乗客達の一人が

踏んで行ったんだろうな。脚を踏まれて逃げられるというのは不愉快だけど

こんな状況じゃ仕方ないか……ここらへんは、俺も人のことを言えない時が

あったかもしれないし。

 

__ん?そういえば、さっきから両手に何やら柔らかい感触が………

                                                                        

「ぅん……ぐ」

 

!?……今、下から日頃から、よく聞き知った声、の割には……妙に

色っぽさを含んだような声が……何を触っているのか確認すべく下を向いてみる。

 

「ちょ、ちょっと……達矢……んぐっ」

 

眼下には、妙に頬を赤らめながら怪訝な表情で俺を見上る、薄紫がかった瞳と

瞳と同じ色をした髪で、口元まである前髪を額の左側で左右に分けて

背中までの後髪を束ねて一本の三つ編みにしたような髪型をして、

マイクロミニのボディコンに、胴体と太腿との境目のラインと股間のラインに

沿って、膝上までのプリーツを上に縫い付けでもしたような

ダークグレーのタイトなマタニティドレスの上に、

ライトグレーのタイトな長袖スペンサージャケット状の詰襟肋骨服という

勾陣学園高等部女子の制服を着たクラスメートの女子の顔。

あ……観月の奴、妙に頬が赤くなってるけど……ま、まさか……

首を下側にもう少し曲げて見てみる。…………!!!!

__俺の両手が、観月の両乳房をガッチリと鷲掴みにしてしまっていた__

…………それにしても、観月……以前から、グラマラスで

結構スタイル良いなと思ってたけど、実際に触ってみると……見た目通りな

肉感とでもいうやつを直に感じ取れるな、って触れてるんだから

当たり前か…………って、違う!!!!

名残惜しい気持ちが全く無いと言えば嘘になるけど……とにかく

はやく退かないと!!

 

「ご、ごめん観月!」

 

彼女に一言謝り、すぐに立ち上がろうとしたのだが……

 

「んぐぅう、んぅあ!」

 

……しまった……立ち上がるべく、踏ん張りを入れるために右手に力が入って

彼女の右乳を余計に強く押すことになってしまったぞ!!

 

「ごご、ごめん!!大丈夫か?」

 

慌てた俺は、また謝った際に、色っぽい叫び声を上げた彼女の顔を

覗き込む形になった。

__観月、耳まで赤くなりはじめてる……あ、口の片端から涎が垂れかかってて

眉間に皺を寄せつつも眼がなんかトロンとしてきちゃってる……

 

__神奈川県「第弐大出島市(だいにおおでじまし)」の左京区にある

地下鉄駅構内。俺、「白乃達矢(しらの・たつや)」は今日の部活動を終えて

私立勾陣(こうじん)学園本校高等部二年のクラスメートであり

俺と同じく統水部警広課の課員でもある「鈴森観月(すずもり・みつき)」と

一緒に、地下鉄で自宅への帰路についていたのだが

俺達の乗った地下鉄が、途中の駅に停車する際に、随分と急な停車したのだ。

その揺れで体勢を崩した俺は、両手で観月の両乳房を鷲掴みつつ

押し倒すようにして床に倒れてしまったわけなんだけど………!?

 

「ぐっ、げぇ……」

 

胸に、背中の上側に、首に、左腕に、突然と感じる、絞められるような感覚……

肺と喉を圧迫されて息ができない……自由な右手が反射的に

自分の首元へと向かう……右掌にはツルツルともザラザラとも判別し難い感覚と

針のような物が肌にチクチクと食い込むような

軽い痛みを感じる……いや、そこだけじゃない。絞められるような

感じがする箇所すべてが何本もの針が肌に突き刺さったように痛む。

 

そして__身体を後に引っ張られたようだ__観月から

引き離されて仰向けに引き倒される。

苦痛に耐えつつ、仰向けに倒されながら首を動かせれるだけ動かすとともに

眼球も動かして周囲の状態を改めて確認する__

この車内の、観月が今いる位置とは反対側の割れた車窓から

車内に侵入していた例の物体が俺の胸から首と左腕にかけて

巻き付いているのが見える。その物体の表面には細く小さな棘が

散発的かつ不規則に生えていた。

絞められるような感覚はコイツが巻き付いてきた苦しさで……針が肌に

浅く刺さったような痛みはコイツの表面に生えた棘が原因か。

 

「達矢ッ!!」

 

上半身を起こした観月が、絞め上げられる俺に向かって叫ぶ。

くっ……凄い力で身体を絞め付けられる苦痛……藻掻くために脚がバタつく。

首を絞められる苦しさ……口の端にヌルッとした生暖かさと

湿り気を感じる……涎が垂れてきてるようだ……。

 

「か、は……っ」

 

ん?……それだけじゃない!棘が食い込んだ箇所全てから、微かにだけど

なんていうか……少しずつ、ゆっくりとだけど、ストローで血液を

吸い上げられるような変な感覚が……コイツも吸血種なのか!?

 

「ぐぅ……」

 

首に巻き付いている部分を掴んでいた右手の爪をそこ突き刺し

指を深く食い込ませ、そのまま、それを首から少し離して口の近くまで

持っていく。顎を動かし口を大きく開いて……右手で口近くまで持ってきた

それに牙を突き立てて!!

俺の牙が開けた穴から流れ出てくる液体を吸い上げ、飲み込む。

液体の味が口に広がっていく……。

__ちょっと苦い……なんか野菜ジュースというか青汁を

飲んでるような感じだな……これは、コイツの体液の味?

……コイツ、植物?……今、俺に巻き付いてるのは蔦か何かか?……む?

青汁みたいな味の中になんか鉄っぽくて少しドロッとしたような

感じがするな……ああ、さっきコイツに吸われた俺の血か……そういえば

血を吸った直後の蚊を潰すと、潰される前に吸った者の血が

潰れた蚊の身体から溢れ出てくるが……それと同じような理屈かな。

しかし自分の血とは言えども、悪くないな。

 

俺は吸血鬼になってから、さほど年月を得ていないとはいえ

こうして自分の血の味すらも美味しいと感じられるのは

血を吸う側になったが故の感覚だな。

 

__血を吸い戻してはやったが………む、絞め付けが弛んだ?

噛み付いたりした際の傷が原因か?自分の血ながら

この怪物蔦の体液の苦味と混ざり合って結構、美味しかったんだけど

今は、これ以上、味わっている暇はない。

締め付ける力が弛んでいる今がチャンス!

 

__顎を開いて牙を引き抜き、怪物蔦を口から離す。

蔦の、首に巻き付いていた部分に刺していた右手の指を引き抜き

左腕に巻き付いている比較的細めな先端寄りの部分に右手の指全てを

限界まで突き立て、そこを握るようにして抉りとる!!

……よし、首と左腕を絞めてくる力がなくなった。

さっき俺が抉った箇所で、抉られ損ねて辛うじて繋がっている部分は

左腕を動かすと簡単に引き千切れた。

首から左腕にかけて巻き付いていた蔦の残骸がダラリと左腕から離れ

床に落ちた。首が解放されたことで多少は息がしやすくなったので、軽く深呼吸。

よし……これで両腕が使えることになったわけだ。床に両手をつき

腰と膝も使って立ち上がる。俺の胸に巻き付いている部分を両手で掴み

それに指を全て突き立て……

 

「ぅん!」

 

そして力一杯、左右に引っ張る!!

 

「ぐヌゥウッ!!!!……っが!!」

 

断面から青臭い液体を垂れ流しながら引き千切られる太い蔦。

俺の身体に巻き付いている側と、蔦が壁から生え出ている側とに分断される。

そして、俺に巻き付いていた部分からは、絞め付けてくる力が抜けていき

身体から解けて俺の足下へと落ちる。

 

「達矢!大丈夫?」

 

俺が怪物蔦を引き千切っているうちに立ち上がっていたのであろう観月が

俺に歩み寄りながら聞いてくる。

 

「ああ、なんとか……」

 

引き千切った蔦を投げ捨てながら、短く答える。

胸も解放されて呼吸を妨げる物が無くなったので、前屈みになりながら

首に右手を当てて 呼吸を繰り返して肺の空気を入れ換える。

 

なんとはなしに車両の窓に目をやると、そこには、鼻先の辺りまでの

前髪を額の右側から左右に分けて後髪が我ながらボサボサぎみな

ショートカットになっている髪型をして、観月が来ているのと同デザインの

肋骨服然としたライトグレーのタイトな長袖スペンサージャケットという

勾陣学園高等部の制服を着た男が腰を曲げて、俺から見て左手を胸に当てて

俺の動きに合わせて、常人よりは若干長く鋭い八重歯が覗く口を開閉させつつ

胸を上下させながら深呼吸している姿が__というか

俺がそういう動作をしいている様が薄らと映っている。

今の俺の下半身は当然ながら、裾に黒い折り返しの付いたライトグレーの

サスペンダー式タイトズボンという高等部男子用制服のそれに

焦茶色の革靴を履いているのだが、車窓の大きさ的に臍下の辺りまでしか

姿が映らないため。ズボンの裾や靴までは車窓に映っていないし

ズボンのサスペンダーに至ってはスペンサージャケットの

下に隠れて見えていない。当たり前だけど。

 

しかし、蔦の棘が突き刺さった箇所が少し痛むな………首に当てた手を

離す時に掌が視界に入る。さっき怪物蔦を引き千切った際に

蔦の体液で濡れた手に、体液と混じって色が薄まったのであろう

赤みを帯びた液体が付いていた。

これは、棘が肌に刺さった傷口から流れ出た俺の血か。

左腕や胸と背中も、ちょっとヌルヌルするから棘が衣服を貫き

肌に突き刺さって出血したのだろう。これでも吸血鬼だから怪我が直るのは

完全に人間だった頃よりは早いし、それに、さっき怪物蔦に噛み付いて

吸われた血を吸い戻しておいたから自動復元呪詛が正常に作動するための力も

充分に回復している筈だし、この程度の傷ならば今夜中にでも

瘡蓋一つ残さずに完治しているだろう。ただ、衣服に開いた穴までは

元に戻せないな。シャツは換えがあるからいいけど、制服の上着は新しいのを

注文するしかないか……まぁ、制服の上着は穴だらけになったけど

幸いにして一つ一つの穴自体は、あからさまに気になるほど大きくはないし

滲んだ血も乾けば小さなシミぐらいにしか見えないだろうし

新しい制服が届くまでは暫く、これを着て登校するしかないかな。

周囲を軽く見回してみると、さっきまで俺達の周囲で

車外へと逃げだそうとしていた人達の姿がなくなっていて

悲鳴も殆ど聞こえてこない。この列車に残っているのは、もう俺達だけなようだ。

たぶん他の人達は、俺が蔦怪物に巻き付かれているうちに

地上へと避難したのだろう。

__と……そうだ!制服とかのことを気にしてる場合じゃなかった!

俺達も急いで、この蔦怪物から離れないと!!

 

「観月、はやく逃げるぞ!!」

 

「ええ!!」